満州にて終戦を迎え シベリアに抑留されました。 辛い日々を如何に生きるかが人生の参考になれば良いかと想います。
  異  聞  抑  留  記 NO 11
平成 7年              著者   江藤 一市
1.終戦 2.苦難の町 3.虱駆除 4.医療天国 5.炭坑
6.平原の歌声 7.炭坑の女 8.小野軍曹 9.収容所の楽しみ 10.アウトロー
11.班を作る 12.アクモリンスク 13.補充食糧 14.MTC生活 15.可愛い妹
16.特異体験 17.偽の診察 18.金鉱i石採掘 19.魚釣り作業 20.食糧が無い
21.特異体験 22.ジョロンベッドの街 23.ダワイとダモイ 24.帰国命令 25.ナホトカ収容所

 作業は建築現場の、整地、道路の新設、補修が主な仕事だった。退院を纏めて仕事させるのは容易ではないと肚を決め、先ず二日間はじっとその様子を観察した。彼方此方回って話を聞いたり、仕事ぶりを見て回ったりした。その内に段々色々な事が判ってきた。何人かずつのグループが有り、中心の人物が何かと取り仕切っているのが窺えた。帰ってから何か良い方法はないかと色々案を練った。私は班の中から五人のリーダー格をリストアップした。そして二日目の夜、その五人を集めて私の案を切り出した。
『兎に角、あんた達五人が大将になって、五つの組を作ろう。各組六人ずつだが、その中から一人助手を決めると良い。そしてその組の事は一切あんた達に任せる。兎に角帰る時、100%の証明を貰って帰らないことには、パンが減らされる。その証明は俺が責任を持って貰ってくる。俺は仕事はしない。その代りマッセル(現場監督)の足止めをして、成る可く現場を回らない様にする。然し俺が、マッセルと一緒に現場を回って来た時だけは、体を動かしていてくれ。マッセルの居ない時には適当にサボって楽をしていいから・・・。諄い様だが、100%の証明だけは必ず貰うから・・・』実は100%の証明を貰う事に就いては、ある程度の自信を持っていた。と言うのはこのマッセルは可成り前からの知り合いで、割と気が合い話も良くした。彼から煙草やパンなどを良く貰ったし、私も持っていた小さい鏡とか、風呂敷(女性がスカーフとして良く使う。極端に布地が払底していたので、特に奇麗な色、柄ものは喜ばれた)等をプレゼントしたものだった。医療所時代のロシヤ語が本当に役立ってくれた。
愈々計画の第一日、現場に到着するとマッセルの指示を受け夫々の持ち場に人員を配置した。私はカントーラ(事務所)にマッセルと入り、机を間に置いて腰を下ろした。注いでくれたスホーイ・フルークト(乾燥果実)のチャイ(お茶)を飲みながら、日本の話、満州当時の話を、虚実取り混ぜ、面白おかしく話し込んだ。彼も又、家族の事、町の事、独ソ戦の事など色々と語ってくれた。殊にマッセルは、活字に出来ない様な話になると夢中になるのが判った。その内に私達について来たマッキャモフというウズベク人の警備兵も入ってきて、一緒になって話し込み、時間の経つのも忘れる程だった。警備兵にもう一人ビッシェロフというタタール人が居て二人で交代で毎日ついて来たが、二人とも東洋人種なので何となく親しみ易く、彼らもそんな気持ちが通じるのかとても良くしてくれたものだった。お昼前になってやっと現場を見回ると言うので連れ立ってカントーラを出た。現場に来てみると打ち合わせ通り、皆捻じり鉢巻で、いかにも忙しそうに動き回っていた。「カーク?・ハラショーラボート(どうだ、良く働くだろう)」と言うと、マッセルは頷いて「ダー・オーチンハラショー(ウン・大変宜しい)」と満足そうだった。現場はリーダーが実力者なので適当に動いている模様。帰る前私はマッセルにこう訴えた。「私達は作業成績が100&以下だったら減食される。そうなると皆元気を無くして仕事も捗らない。若しマッセルが120%の証明を書いてくれたら、増食が貰える。そうすれば皆は倍も働く様になる。そうなるとマッセルも成績が上がるし、お互いに良いだろう」と話を持ちかけて、とうとう120%の証明書を貰った。大成功!。持って帰って証明書を本部に提出したら、隊長以下目を丸くしていた。

そんな風な毎日が続く内、不思議な事に段々皆の動きが目に見えて変わってきた。札付きのリーダーが真っ先に動く様になり、組員もそれに従うと言う風で、ぐんぐん作業成績も上がり、実際に120%以上もの仕事をするようになった。【小煩い奴親分に据えておき】【煙ったいのは大将に祭り上げ】
【増食のパンに釣られたラパートカ】
私とて、毎日マッセル相手の話題の創作に苦労した。あれを全部覚えていたら、優に一冊の本が出来ただろう。
こんな日が続いて半年も経った頃、思いも寄らぬことが起こった。あのアウトロー軍団が、ハラショーラボート・ブリガード(優良労働小隊)として、所長から表彰され、褒美に一日の休暇と、僅かだが賞金まで貰って、皆にうらやましがられるような事と相成った次第。考えてみると人も要領も使い方次第だなとつくづくおもったものだった。
 
つづく