満州にて終戦を迎え シベリアに抑留されました。 辛い日々を如何に生きるかが人生の参考になれば良いかと想います。
  異  聞  抑  留  記 NO 16
平成 7年              著者   江藤 一市
1.終戦 2.苦難の町 3.虱駆除 4.医療天国 5.炭坑
6.平原の歌声 7.炭坑の女 8.小野軍曹 9.収容所の楽しみ 10.アウトロー
11.班を作る 12.アクモリンスク 13.補充食糧 14.MTC生活 15.可愛い妹
16.特異体験 17.偽の診察 18.金鉱i石採掘 19.魚釣り作業 20.食糧が無い
21.特異体験 22.ジョロンベッドの街 23.ダワイとダモイ 24.帰国命令 25.ナホトカ収容所
 
『特異体験 A タイヘンな日本語』
隊員の中には奇抜な悪戯を思い付く者も居た。警備兵の「マッキャモフ」は実に人柄は良いのだが、人相の方は余り良くなかった。或る者が、彼に「がんもどき」と言う仇名を奉った。顔が平べったく、痘瘡か、面皰の跡か、可成りの凹凸が有る。『昔日本の或る地方に「がんもどき」と言う武将が居た。実に勇猛果敢な武士のお手本であった。日本では勇敢な軍人を讃えて「がんもどき」と言う尊称で呼ぶ。だから「マッキャモフ」を以後「がんもどき」と呼びたい』と本人に申し出た勇敢な男が居た。真実を知らない彼は喜んで承諾した。そして以後は誰もが「タワリッシ・がんもどき」と呼んだ。本当の意味を知ったら、彼も怒るだろうが、幸い真実を告げる者は誰もいなかった。
又、こんな事もあった。毎朝ドイツ系の娘「カーチャ」が食堂の窓口から可愛い顔を覗かせて「ドウブルィ・ウットロ」(お早よう)「パジャルイスター」
(どうぞ)と言いながら朝食のパンを各人に渡してくれるのであった。悪戯な一人が、彼女に飛んでもない言葉を教えた。それは、窓口から顔を出し、パンを受け取りに来た一人一人に「アナタ○○○アゲヨカ」と言いながらパンを渡すのであった。その○○○は人前で口に出来る様な言葉ではなかった。私は炊事場の中から「何を言っているのだ?」と訊ねた。「日本語でお早よう、パンをどうぞ、と言っているのだ」と答えた。直ぐに止めさせれば良かったのだが、「ああ、そうかそうか」と面白半分に、皆とのやりとりを聞いていた。「アナタ○○○アゲヨカ」と彼女、パンを受け取った兵隊は大声で笑いながら「ああ、じゃあ今晩な」位な事を言って誤魔化す。私の方を振り向いた彼女は「ヘーイ・エトー・パチムスミヨッシ?」(エトー・なぜ笑うのだ)と大真面目な顔で聞いた。私もにやにや笑いながら、「それはお前の日本語がとても上手いから、皆喜んでいるのだ」と言っておいた。益々気を良くしたカーチャは、次の兵隊にも大声で「アナタ○○○アゲヨカ」・・・。そんなことが長く続く筈がない。三日目の朝、食事に来た警備兵のビッシェロフがこれを聞いた。もう我々と付き合ってから長いので大抵な日本語は解かる。殊に猥雑な日本語となると誰が教えたのか実に詳しい。ニヤニヤ笑いながら「アナタ○○○アゲヨカ」の本当の意味をマダムに告げた。
さあ大変!マダムと母親は顔色を変えて私の所へやってきた。「まだ若い娘になぜあんなことを言わせるのだ!」と激しい抗議。言い訳の異様もなく、教えた本人と共に平謝りに謝って許してもらった。「お前の娘が、余りに奇麗で、可愛らしすぎたので、一寸からかってみただけだ」と言ったのが聞いたらしかった。様の東西を問わず、自分の娘を誉められて悪い気のする人は居ないだろう。
『特異体験 B 美人マダムと警備兵。大変な相談』
この椿事だけは、私の一生に唯一度だけ遭遇した大変な事件で、とても二度とは遭うことの出来ない貴重な?体験だった。
前に書いたがこの食堂の主人、つまりマダムの夫は、農繁期の約半年は、各地のコルホーズに単身赴任する。下が伝その愛だマダムはシングルの暮らしとなるわけである。昼間は何かと気が紛れるかも知れないが、女盛りの孤閨は実に虚しいものであったろうことは想像に難くない。お国柄、この国では、夫以外に交際相手を求めることは、さして難事ではないのだが、生憎とここでは青壮年の男女は殆ど働きに出ているので誰も残って居ない。そこで我々の警備兵として同行して来た「ビッシェロフ」がその相手に選ばれた。『美女と野獣』と言う言葉が、ぴったりの取り合わせであった。マダム・トーリヤはすらりと長身で、均整の取れた碧眼金髪の典型的なスラブ美人。ところがタタール系の彼は、一b六十aそこそこ、がっしりした体格ではあるが、東洋人種特有の皮膚の色、髪の色も瞳の色も我々日本人と大差ない。いや寧ろ我々十五人の中には彼よりも数段上の美男子も居たのだが、不思議に誰にもお声が掛からなかったらしい。彼と彼女が普通以上に親密になったのは、我々が当地に来て一週間も経たぬ頃からだった。
皆を夫々の仕事に割り当て、その仕事振りを見て回るのが、彼らの任務なのだが、大半の時間はこの食堂に来て皆と話し込んだり、炊事場に入って来て自分の料理を作らせたりした。マダムとの話の遣り取りの模様から、普通の仲ではないなと直ぐに感じ取られた。ビツシェロフには彼自慢のスタミナ料理があった。夕食の跡片付けをしている炊事場に入って来ると、大きなフライパンを火にかける。それに五十c位のバターと羊の脂身を入れてどろどろに溶かす。そして、ヤイッツオ(鶏卵)六、七個を割ってその鍋に入れる。目玉焼きみたいなものだが目玉が六つも七つもあったら化け物だ。バターが多量なので焦げ付くようなことはないが、卵焼きと言うか卵揚げと言うか、兎に角出来る。これの出来上がる前に、ニンニク一玉を刻んで振りかけ、食塩で味を着ける。「これが今晩の俺のスタミナ食だ」と豪語する彼が「食ってみろ」と一切れを差し出すが、とても我々が口に出来る様な代物ではない。そんな風彼は我々の家で寝ることは稀だった。恐らく毎晩彼女の許へ通っていたのだろう。
ここに来て三カ月程も経ったある日、私は食堂の隅のテーブルのマダムに呼び寄せられた。辺りに人も居ないのに尚声を潜めて話を切り出した。
「エトー、赤ちゃんが出来たのが(妊娠したのが)解かるか?」「ええっ?・?」私はその言葉の意味が理解出来ずに返事に困った。するとマダムは重ねて「実は私は妊娠したらしいのだ。三カ月くらいだと思うがはっきりしない。お前はドクトルだから解かるだろう」と言った。冗談じゃない!俺は産婦人科の医師なんかじゃない!でも若干の興味はあるなと、持ち前の助平心が頭を持ち上げた。
「ああ、それは診れば解かるかも知れないな」と曖昧に答えた。詳しく話を聞いて私は肚の中で呆れ返ってしまった。教育勅語や修身で育ち、軍人勅諭と戦陣訓をたたき込まれた我々にはとても理解出来る話ではなかったが、次の様なものであった。彼女がビッシェロフと出来たのは我々が到着してから一週間も経たない頃だったと言う。所が我々は全く気づかなかったが、同じ頃から、もう一人の警備兵マッキャモフとも出来ていたと言うのであった。もし彼女が危惧する妊娠が、事実だったら、一騒動起こる事は間違いない。何故なら、彼女の夫は純粋なスラブ系のロシヤ人である。とすれば二人の間に、髪や、皮膚の色の違う子供が出来るわけがない。況して夫婦が離れて暮らすようになってからの日数も合わない。彼女に聞いたら警備兵のどちらかの子に間違いはないのだが、どちらの子と言う確信はないと言った。その日は一先ず話はそこまでで、別れたのであったが、その翌朝が大変な事態になってしまった。


つづく