満州にて終戦を迎え シベリアに抑留されました。 辛い日々を如何に生きるかが人生の参考になれば良いかと想います。
  異  聞  抑  留  記 NO 6
平成 7年              著者   江藤 一市
1.終戦 2.苦難の町 3.虱駆除 4.医療天国 5.炭坑
6.平原の歌声 7.炭坑の女 8.小野軍曹 9.収容所の楽しみ 10.アウトロー
11.班を作る 12.アクモリンスク 13.補充食糧 14.MTC生活 15.可愛い妹
16.特異体験 17.偽の診察 18.金鉱i石採掘 19.魚釣り作業 20.食糧が無い
21.特異体験 22.ジョロンベッドの街 23.ダワイとダモイ 24.帰国命令 25.ナホトカ収容所
【平 原 の 歌 声】
グルーシキの毎日は楽しいものだった。仕事は楽だし、時間的にも余裕があり、ラーゲルに帰っても、麻雀などに興じ、割と楽しい日を送っていた。(その点坑内に入っている組はそうは行かなかっただろうが)。唯日本に帰りたい。家族に逢いたいと言う気持ちは誰も皆同じ、片時も念頭を去ることはなかった。
夜勤の夜であった。もう夜も更けて十二時にも一時にもなった頃、遙かな方から素晴らしい歌声が流れてきた。数名のコーラスである。段々近づいてきて、私達の小屋の前で止まった。出て見ると十六、七から二十歳まで位の娘が五人肩を組んでいる。ここから5キロ程離れている、アナールの集会所に映画を見に行ったとのことだった。彼女達の家が何処に在るのか走らないが、恐らく態々ここを訪れたものだろうと思われた。勿論ワーリヤとは知り合いなので、入ってきて色々と話していた。ワーリヤもお茶を入れたりして持て成していた。ロシヤ人の歌好きは何処の国の人にも負けない位で、そして広大な平原で歌うせいか、声量も豊か、そして美声。流れてくる素晴らしいコーラスには、うっとりと聞き惚れてしまう程だった。
《ここで一寸お断わりしておくが、前にこの辺り一体は砂漠地帯だと書いたが、我々の感覚では、砂漠と言えば、サハラやゴビ砂漠などの一木一草もない荒涼の地を想起するが、ここは土質が砂と言うことで樹木こそ一本もないが、夏場には少々の雑草は生えるので草原という感じがするので、砂漠という語は訂正した方が良いかも知れない》。
私達もまだ若かった。私が年長で二十六、一番若いのは志願で入隊した十八歳の者も居た。其処は若い者同士、自然と身振り手振りでお互いを理解しようと色々努力する。それ以来一週間に、二度も三度も訪れて来るようになった。何かと食べ物など持って・・・。その内に意気投合した組も在って、カップル二組が出来、肩を組んで夜の草原に出て歩いたり、寄り添って座り込んで話に耽ったりしていた。尤も私達が昼勤の間、他のグループが夜勤となるのだが、その時も同じ様に訪れていたのかも知れない。兎に角娯楽など極めて少ない状況なので、青春の捌け口を求めていたのだろうか?。

【食 べ 物 の 怨 み】
このグルーシキの仕事に来る間も楽しい事ばかりではなかった。偶には嫌な思いをする事もあった。食べ物が原因の諍いとか、食べ物の怨みと言うものはかなり深刻なものである事は皆さんにも覚えがおありと思います。私にも考えもしなかったトラブルが有りました。グルーシキの仕事は、坑内作業と違って身体が楽だったので暇さえあれば麻雀、賭けるのは食糧のパン、砂糖、坑内作業者は若干の報奨金が有ったので、現金を賭ける事もあった。私は不思議に運がついていると言うのか、殆ど負けを知らなかった。だから何時も四、五日分位なパンの余裕があつた。私の隣に寝ていた沼田と言う少年が居た。兵隊でなく開拓団に居たのが何処でどうしてか一緒になった。まだ17歳になったばかりで本当の子供、丸顔居ろ白で実に美少年、皆に可愛がられていた。その彼が隣に寝ている戦友と言うことで、洗濯など身の回りのことを細々と良くしてくれた。私はパンも砂糖も煙草も彼には惜しげもなく与えた。私の留守中でも、枕元の袋の中から自由に取り出して良いからと言っておいた。この事が禍の元になるとは夢にも考えていなかった。

【食 べ 物 の 怨 み】
事の起こったのは二番方(三交代制だったので、二番方は午後2時から10時まで)で出勤してからだった。グループの中に東北出身で、入隊までは常磐炭坑で働いていた馬場と言う、かなりの暴れ者が居た。背中には般若の彫りものをしている。以前ボゴンバイの金坑に入っていたがプロホラボーター(不良労働者)と言うことで金坑を追われた男である。この馬場と入隊以来ずっと一緒の細野と言う男が同じグループに居た。彼は穏和なタイプで、粗暴な馬場との仲良しが不思議な程の取り合わせだった。仕事も一段落ついた夕刻のことだった。
「一寸表に出てくれ」と呼び出しを掛けられた。何事かは判らなかったが兎に角表に出ると、右手にペチカの火掻き棒を持った馬場が、続いて細野が出てきた。「おい、江藤、貴様近頃何だ。貴様元下士官だったからと太てぇ面するな」と、詰り始めた。何の事かさっぱり見当が付かない。それは聞いていた私だって腹は立った。昔流の軍隊だったら俺は七年兵だ。それに対して初年兵の分際で何と言う口の利き方だ・・・、だと。然しもう軍隊ではない、そんな道理は通るわけが無い。況して相手が相手だ。然し何の事なのか?。「別に大きな顔をしてるつもりはない。

【男の嫉妬は食 べ 物から】
 何が気に入らんのか言ってみてくれ、俺には判らんのだから」と、腹の虫を押さえて、穏やかに訊いた。今度は細野がおとなしい口調で言葉を継いだ。「それはですね、貴方は毎日パンを鱈腹食べているでしょう。そしてあの沼田には幾らでも分けて遣っているではないですか。それに比べて私達は、支給されるあれぽっちのパンではとても足りない。かと言って他に手に入れることも出来ない。買うにも金が無い。交換しようにも品物が無い、どうすれば良いんです。あれだけ余る程持っているパンなら、同じグループの私達に少しは分けてくれても良いのではないですか。馬場もそれを怒っているのです」と言った。考えてみればそうかも知れない。別に何の考えもなく行動していても、不平、不満のある人たちの目には普通には見えないのであろう。不遜とも傲慢とも取れるのだろうと思った。たとえ言い分が有っても相手が相手だここはおとなしく退いた方が無難だと判断した。兎に角一応頭を下げることに決めた。「それは済まなかった。俺の考えが足りなかったのだ。これからは気をつけるからな。兎に角同じグループにいるのだから仲良くやって行こう」と一応頭を下げて事を済ませた。
考えてみれば食べ物の怨みとは怖いもの、傷害事件をさえ起こしかねない。嫉妬とは女の専門だなどと考えていたのは大間違い、人の境遇、環境などに対して嫉妬心を起こすのは、男の世界でも同じだと知った。
つづく